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分かつこと、働きを見ること

東憂さんの「人と人間」にトラックバックして書いたもののコピペです、すみません。ただしリンク先はエコー!内のみ公開です、ご容赦ください。

自分とは我と彼を分かつことから出る言葉です。
たとえば同じ青空を見て、どうしようもなくうれしくなる空もあれば物悲しいばかりの空もある、目の前にあるにもかかわらず見つけられないことも有れば、思い続けていたことが形になることもある。人に何かを期待し続け実らないことが自身を見つめることで解決してしまうことがある。自身の認識が世界であるといってしまうとそれは違う気がするが、
内にあるごとく外にある
の言葉は正しいと感じています。

つまり人は孤独な存在です、孤独な我を受け入れるからこそ人は人を思いやれるのだと思う。
悪も必要があって存在を許している、善も悪も内にあるものと同じように分かつことなくそのままにあるのだと。

で、東憂さんの記事です。
ここに書いた言葉は、字面では反対の表現になっているかもしれません、しかし意味することは同じと考えながら書かせていただいています。
表面上はよく似たことを行っているにもかかわらず意味することが正反対になってしまうことがあるのと同じく表面上オポジットでもその中心は共通していることもあるのだなと思いました。

もうひとつ。
僕は何らかの主張をしようと考えて書いているわけでは有りません、もしかしてこの記事に、是でも非でも響いてくださる方がいらっしゃることを願い求めて書かせていただいています。