乗り越える苦しみ

朝の情報番組で女性起業家大賞を受賞した人を紹介していた(ネタがテレビばかりだ、で恥ずかしくて書きそびれてたのも有るんだ)
その人は子育てで苦労する中でスリングと言うものを知った。で、それが良かったのでアメリカから輸入してネット通販からはじめたのち、本当に使う人の立場から素材やサイズを吟味して商品開発?販売をしている。で、商品にとどまらずWebでもショップでも育児の悩みを話し合う場も提供して居る。僕も結構育児には参加したつもりなので乳幼児期の大変さはよく判ってるつもりです。
元妻はその時期子供から手が離せずに何も出来ずにいた。おんぶ紐を提案した事もあるけれど、貧血がちな彼女は首の血が止まっちゃってすぐにふらふらになっちやうんだと言っていた。で、僕も出来るだけ家事や育児を手伝って来たつもりなんです、実際にはそれは彼女が僕に望む事とはずれてたからうまく行かなくなったんだけどね。
それはともかく…
ふと気がついたのだけど、子育ても含め人が頂いている困難はそれを乗り越えて喜びを手にするためにあるとするならば、ぼくはある意味その妨害をしていたんじゃないだろうか。親切そうな顔をして誰かにかかわる事は時に間違いだって事もあるのかもしれない。
と、そんな事を考えていた。思えば発展途上国への経済援助にも似たような話があるね、ぼくはすでに知っているはずの事を自分の経験の上に再発見出来た。