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少年の記憶

ふと思い出したのだが、昔はどこでも住宅地にはドブ川があり青黒い川底には飯粒や野菜屑が沈んでにおいを発していた。今考えると不潔極まりないけれどそこはイトミミズがいたりして好奇心と警戒心の対象だった。
小学校入学前後のその時期、南側のそのドブを挟んで市営住宅がありいつも一緒にいた子分が数人いた。ぼくは平和的な親分で他のグループともめても逃げるが勝を信条としていた。子分の家に遊びにいった時、そいつがハムの切れ端を手にして便所から出て来たのをとがめるとなぜと問われて考え込んだ
同じ頃その住宅には同年齢の親友が居ていつも入り浸ってた。
幼稚園でもらったカードにはお友達の欄に「くぼたかしくん・わたなべあつこさん」と書いてあって、たしかにその二人はしんゆうとすきなこだった記憶がある。
中学の時おとうさんが亡くなった同年の大矢さん、そういえばそのお宅に何度か遊びに行ってお姉さんたちと一緒に遊んでもらってた、よくよく考えるとそれも幼稚園の頃のはずだ。
それらはすべて自分の記憶のはずなのにまるで全く別々の記憶だ。
小学生の6年間は限りなく永かった。その時期は人と少し話せば相手の考え思考はすべて把握出来るから物事の説明は自信があると思っていた。
その頃は自分の道理で筋を通すためによく喧嘩してほとんど負けなかった。
その頃は聞いた音楽はそのままテープを再生するように頭の中に再生できた。
そういった記憶がなぜか今の自分と連続性が無い。