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インターネットと資本主義の限界

YouTubeというサービスがある。
個人が自由に動画を登録し公開できるサービスで、御想像通り著作権が問題となり一部で訴訟にも成っている。また動画を扱うということで運営のためのコストも半端ではないようだ。
著作権に関して最近以下のような記事が出されていた。
Life is beautiful: YouTubeを使ったテレビ番組の「一部引用」の合法性に関する意見募集
全く同感である、該記事へのコメントでは、もしかすると資本主義に依らないインフラとして必要かもと書かせていただいた。
インターネットは便利だ画期的だといわれて久しいが法的にも経済的にも全く追いついていない。
P2P(ウィニーなどに使われている技術)やインターネットテレビGyaoなどの大きいデータを大量に扱うコンテンツにより大手プロバイダからはインターネットタダ乗り論(上のようなサービスは発信部分のみ分担、ユーザーが多量の情報を利用する歳の負担はプロバイダが負う)まで出ている。
日常的にインターネットを利用している人にとってインターネットはすでに電話に近いほどに不可欠な社会インフラになっている。
最初に紹介したYouTubeはリスクばかり大きく、適切なビジネスモデルは出来ていないといわれている。にもかかわらずユーザーはうなぎ登りだという(下記記事参照)
メディア・パブ: 日本の視聴者数でYouTubeがGyaOを上回った?,やっぱり本当だと納得した日
インターネットは資本主義だけではやはりどこか歪んだ形に成ってしまう予感がする。
だからといって公的に整備とはいわないが何らかのフォローが必要なのではないのか、またNPOなどの可能性も含め技術のみに依らない文化的ブレークスルーが必要なのでは無いのか。
私たちは、そして社会はもうそろそろインターネットを使いこなせてもいい頃だとかんがえる。