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出雲

先日出雲へ神様を訪ねて行ってきました。
半島の東の端、美保神社からの始まりでした。
まずは美保神社にお参りしてその土地と神話とのかかわりを確認して美保関灯台へ

古事記国津神の逸話に入って初めのころに登場する神様にまつわる土地、そしてまさにその場所に古いヤシロがまつってあります。
スクナヒコナ命が海からやってきたというまさにその場所にも小さなヤシロが
お社は朽ちかけていても、その付近の杜には何か力があふれていて緩やかに湾曲した海岸線の最深部のそこは
まさに「その場所」を体験させてくれるところです。
ゆったりと佐太神社、八重垣神社、熊野大社とまわり食事をして温泉へ

翌日はまずは出雲大社

鳥居をくぐる前に俗な話をしていると同行の方にそれを指摘していただいた。
そう、確かにその杜の姿を見て感じた厳かな心持が消えている
気持ちを切り替えて鳥居をくぐると、ほかにはないおおらかな暖かい雰囲気の境内で伊勢神宮の厳しさとは確かに異なった場所でした。
不思議なつくりの社殿を目にして、高床の姿を思い浮かべ気持ちは太古へ向かうのでした。
この出雲大社に限らず宍道湖の向こう側は、なにか民族のふるさとに帰ったような懐かしさを感じる土地だったように思います。
そして半島の西の果て日御碕神社を周り須佐神社を参って今回の旅は終わりました。
予定にしていた須我神社へは両日とも時間切れとなりました。

島根では神話に出てくる御神命はそのままに、この肉身を遡った先、確かに生きたそれらの方々を身近に感じる場所
原理としての神様ではなくかつて生きた神話の方々がそこにいらっしゃったことを感じ取ることができるのでした。
生きた神様、原理としての神様それらが重なるところを見たいとあらためて思うのでした。