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人を殺す事を目的とする事(若干不快な内容を含みます)

レクターシリーズ、特にハンニバルが嫌いです。
殊に映画終盤、レイ・リオッタ演じるポールが自らの脳を食べさせられるシーンでは吐き気でも及ばない嫌悪を感じる。
この感じは以前猟奇犯罪をあつかったコミックでも感じていた、当たり前ではあるけれどあまりにも根元的なこの嫌悪感は理解できないものだった、いや考えたくもなかったのかもしれない。
しかしそれは突然判明した、いや判明したのはそのごく一部なのかもしれないがともかくも自身の理解の一部に組み込む事が出来た。
それはつまり人が、もっと言えば自分が捕食されるかもしれないという根元的な恐怖から来るもののようだ。
殺人は多くの場合他の目的のためにやむを得ず成される行為なのだろうと楽観的に考えていた、しかしこれらの作品に登場する人物は殺し、その肉体を冒す事、それ自体を目的としている、それは耐え難い生理的な恐怖と嫌悪をもたらす。
さて、少し飛躍するかもしれないが、ここで少し概念を広げてみたい。
いま、人を支配し蹂躙する事を目的としている国家の支配者が現実的な脅威を持ち始めている。
そして日本は自国民に銃を取らせまさに殺人を目的とした行動を求める方向へと向かおうとしている。
それを担うのは現場の自衛隊員だ、今は…
だが自分たちに直接関わらない事として是非を問うてもいいのだろうか、そうした議論を戦争経験者の前で胸を張って出来るのだろうか。
何らかの意図を持って軍事行動を起こそうとしている隣人から自国民を守らねばならない、確かにその通りだ。独裁国家が大量殺戮可能な兵器を保有する事を軍事力で阻止しようとしている同盟国に直接的に協力しなければならない、それもそうかもしれない。
だがその前に出来る事を、日本が日本の個性や知恵で出来る事を最大限行ったのか、それはもう無いのか。
私はこの国で人殺しを目的とする事を是とする事に強く反対したい。