人と政治と

このところ浦安市老健施設での老人虐待が話題になっています。
事実を追求する報道に目立つのは非人道的なその行為ですが、そうした方法を選択する背景も問題です。
数年前に介護保険法が施行されたころには、高齢者介護が旬の市場だと言われて様々な産業が注目し大手資本が介護市場に次々参入しました。しかし蓋を開けて半年ほどでこの業界は思いのほか収益が上がらなかったようです、もともとこうした福祉に志なしで貢献は出来ないのかもしれません。一方行政も介護保険が予想以上にコスト高になると見るや早々に条件を厳しくしてしまいました、志がありません。そうした中で高齢者介護施設ではコストを下げる必要に迫られます、ことに今回問題になっている「ぶるーくろす癒海館」は他の施設と比べると破格の費用で高齢者を引き受けていたようです。他の施設と比べ破格とは入居金は30万円月額15万円とのこと、一般家庭にとってこの出費はどの程度の負担なのか、一方運営する側の立場から言うとどういった金額なのか、この隙間を埋めるにはどんな方法があるのでしょうか。なお一般的な老人ホームの入居金は700〜1000万円月額2〜30万円程度だそうです。
さて、去年四月の診療報酬改正で病院での長期入院が出来なくなりました。知人がつとめる病院ではそれでも行き場がない老人が多数いると言うことで保健からの報酬が出ないことを覚悟で一部患者を引き受けていましたが、それが即経営に響くこともあり老健主体の病院へと縮小せざるを得なくなりました、結果的に行き場を失った介護を必要とする高齢者が多数出たようです。
確かに際限のない福祉にはコストもかかるでしょう、しかし私たちが政治に望むものはなんでしょう。
企業が国際的に活躍して日本経済がトップレベルを維持することでしょうか。
アメリカを怒らせないで国際社会でうまくやっていくことでしょうか。
そうした政治の基本方針が一人一人の生活を見ない中、認知症が始まった高齢者を人としてみることをやめてしまう状況を一人の犯罪として済ませていいのかとても疑問に思います。
先日ある討論番組に出演していた片山さつき氏は「数字、データで考えなければ政治は出来ない」そう断言していました。