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物を語る

セブンス・コンチネント [DVD]をみた。
ミヒャエル・ハネケ監督の作品だが僕はこれを否定する。
内容をよく知らないままに見ているとオーストリアの家族の日常が淡々と描かれる、見ていて時にいらだつほどながくストーリー性のないカットが続く。ただ僕はそのことにとても惹かれていた、物語はストーリーを語るにポイントを描いて積み上げられる物だが、本来はもっと永く退屈で分厚い日常がその後ろに有るはずと以前から思っていたので。この映画では人物をその背後から撮っていない、その人物の視点ではその人物は写り込まないのだから。
そうして流れる日常でいくつもの「普通な」引っかかりが混じった後に年老いた両親宛の遺書を書く・もしくは読み上げる所から家の中のすべての物の破壊が始まる。衣類を切り裂き家具を打ち壊し写真を破りレコードを割りお金をトイレに流し魚が泳ぐ水槽を壊す、このときだけ一人娘が悲しんだ。
そうして娘、妻と死を見届け主人が苦労して死に往くところでおわる。
どうも実際の事件を題材にしているらしい。


この作品は物語を綴るに主観を持たず淡々と伝えることがどれだけ人の心情にインパクトを与えるかを示した実験だと思われる、実験だ。
作品というのならなぜこの題材でこの手法を用いたのか。
そう、映画でも小説でも心に痛みをもたらす題材も有っていいのだろう、またいつでも何か考えさせるメッセージ性が有る必要もないことも事実であろう、しかしこの実験的手法をもってもっとも効果的な題材を「安易に選択」した時にこれは作品ではなく実験となったと言いたい。
物語の手法に関心がある方はご覧になると興味深いと思われる、しかし作品を見たい方は検討の後にご覧になった方がよいと私は思う。