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政治を監視するもの

西松裁判 検察冒頭陳述に強い違和感
郷原信郎(元検事・名城大学教授)インタビュー@ビデオニュース・ドットコム


19日に西松建設前社長の初公判がありました、一般的にこの件への関心はかなり薄れてきているようですが。
最初に上げたリンクはここでの検察側の冒頭陳述について郷原信郎氏が意見を述べています、
郷原氏については今更書く必要がないかもしれませんが検事として十分な経歴をお持ちの方です。

このインタビューでの最初の部分は各方面でもかなり話題になっていますが、後半部分で造船疑獄と今回とで検察のベクトルがまったく異なっていることを説明している。かつて政治権力が検察に働きかけて問題となった造船疑獄は政権側を追求する検察に対して止める方向で働きかけたのに対して、今回の検察は現政権と対峙している野党に対して権力を行使している。
いや、正確に言うならば、現在の行政を動かしているのは政治家ではなく硬直化した行政システムとその中心に居る官僚たちだ、その硬直化したシステム:現体制を壊すかもしれない政治勢力を検察が狙い撃ちした形なのだ。硬直化したシステムはどんどんひび割れてエネルギーが漏れていく、どんどんと傾いていってエネルギーが偏るようになっていく。本来はそれを再生するための選挙であるはずだし、それを監視するための三権分立のはずなのだ。
たとえば、検察が何らかの意図を持って権限を行使することを許すならば、戦前と同じになる
この問題は小沢氏が良いとか悪いとかの問題ではないのだ。

郷原氏の言っていることの核心はそこにあるし
だからこそ私は郷原氏の身の安全まで気になってしまうのだ。

ちなみに、このインタビューの前半で元検事の郷原氏の目から見ても

  • この公判は国沢幹雄前社長の外為法違反がメインにも関わらず冒頭陳述では大部分が政治資金規正法について語られている。
  • 国沢被告の裁判なので大久保被告には反論できない場所なのにも関わらず、冒頭陳述の多くは大久保被告と小沢氏の影響を一方的に決め付けている。
  • 通常の冒頭陳述と比べても異常なほどイメージ中心の内容となっていて、新聞・テレビでの扱いを意識しているとしか思えない。
などと述べています。
そして、裁判員制度が始まったいま、こうした印象操作は問題があると言っています。
こうした手法が成功してしまったなら、あなたが人を裁く立場になったとき、あるいは何らかの拍子に罪を問われてしまったとき、印象操作のようなことがなされる危険性もあるということです。