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傷心で旅立つ人に思いを寄せて

何度か書いていることですが、沖縄の色々なところで目にする「命の美らさ」って言葉が大好きです。僕達の日常に「命の美しさ」なんて言葉は使いません。

沖縄の人が「命の美らさ」という時、その目には何が写っているんだろうと思うのです。
青々としたさとうきび畑、美しい南国の花、色とりどりの魚、それら美しいものの向こうにある生命を見ているんだと思うのです。

例えばニコニコ笑っているダウン症の子供を優しい目で見守るお母さん。「この子はほんとうに優しいんです。」「大変でしょ?って言われるけれど、この子からたくさんのものをもらっているんです」と。
そんな様子を見ていると、僕は人の「命の美らさ」を見た気がして胸が熱くなるのです。

だから、5弁有るはずの赤い花のたとえ2弁が汚く縮れてしまっていても、みずみずしく赤く上を向いて咲く花が実を結ぶ営みが、その花の向こうに見えるから、花びらが欠けた花にも美らさをみるんです。

人の悩みは、本人にとってはもちろん大切な問題だし、自分の痛みは誰にも理解できないけど、悩みや苦しみが解決するときのほとんどは、本人が抱えていた痛みのその部分とは全く違ったところに答えがあるんです。

花びらの傷みがあっても花は美しいんです。試験で間違えたって、もう怖がらなくていいんです。