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エコー!の思い出に重なる教訓

以前メインブログとして使っていたエコログのあるSNS:エコー!でユーザー会を作り活動してみた事がある。
そのころエコー!内で話題となったいくつかの出来事について事務局の運営について疑問を持った為、ユーザーの立場から提案をする事を考えていた。
ユーザー会という名前を冠したグループの運営のつたなさは確かにあったのだが、後になって運営会社の実力者と関係のある人物による妨害があった事がわかった。
そのことの真偽はともかく、実際にエコー!の運営事務局は事務局の立場と権限を最大限に守るように規約を告知無く変更し、惹起した問題はできるだけ表面化しないように処理し運営方針に関する要望は無かった事にしていた。
トラブル、失敗、問題点 そうした物事は管理運営する側としてはさし当たってもみ消していくのが普通なのかもしれない。組織の運営に限らず個人的な失敗でもできる事ならば表面化させないでうまくごまかすのが普通なのかもしれない。
だが、失敗や問題を現実の事としてきちんと受け止めて真っ向からその問題を解決していく事をしないとき、その問題は潜伏して禍根を残すのみであり何の進歩もないのだろう。
去年の今頃であろうか、エコー!でeなげっとというネットワーク内の仮想貨幣を導入した。それがゆびとま社による運営資金のためならば協力したいと考えeなげっとを購入した。
それを使ったプレミアム会員にも登録した。
同窓会支援システムのゆびとまを母胎としたエコー!のユーザー層はネット擦れもなく年齢層も文化程度も高かった。
その安心感からコメントのやりとりは活発で、ブログ記事のグレードも高いと感じていた。

運営手法に問題があるとはいえ人望があった社長がゆびとま社から離れ、経営に不信のある新経営陣となっても僕はエコー!を応援する気になれず、プレミアム会員の登録をやめ登録情報を最小限に絞り、別の場所にメインブログを移した。
もしもユーザー会がめざした活動ができていたならばその成果に関係なく、エコー!は自分の大切な居場所となって応援を続けていた事だろう。
失敗も問題点もごまかすことなく表に出して真っ直ぐに解決していく
このことは教訓の一例となるだろう。