食と時間と文化と

ずっと以前にも書いた記憶があるのですが…
僕には忘れられない味があります。家では「加子母の味噌」「加子母の醤油」と読んでいたそれは、岐阜県加子母村(現中津川市)にある母の実家で作られるものでした。
それは田舎味噌でこの地方では郡上味噌と呼ばれているものに近いのだが、まさに「手前味噌」で同じ加子母村でも各家庭ごとに風味が大きく違うのだ。その地方では各家庭にこうじ室があり麹屋さんから買ってきたこうじを茹でた(蒸した)豆などに付けて各家庭のこうじ室で寝かせる、そのときそれぞれのこうじ室には固有の雑菌がいて各家庭ごとの味になる。
母の実家の味噌と醤油は香りが格別でみそ汁は他にないほど風味がよく醤油も野菜や山菜を食するに欠かせないものだった。祖母が他界し時が経った今はもう作られていないようで、その味噌はけして手に入らなくなった。
食べ物のうまみ成分は動物由来に多く含まれるグルタミン酸や植物由来に多いアルギン酸などの各種アミノ酸によるものだという、発酵によって作られるうまみも複雑で繊細な香りも有害物質を作らない微生物により野菜などが分化されてできるアミノ酸によるものだという。科学的に分類された乳酸菌やこうじ菌などだけではなく人と共生している様々な雑菌と共に受け継がれている文化がそこにはあるのだ。
衣食住の中でも見えにくく複雑な食は、舌や記憶を頼りに自分で再現して初めて理解が深まる。
漬け物などを通して僕はこのところ食文化の再発見を楽しんでいる。
漬け物などはそれが熟成する時間も楽しいのだ。園芸や農作、それに子育ても同じなのかもしれないが、子供時代から追いかけられ続けた時間が、熟するのを待つ時間へと変容する、それはとても楽しい体験なのだと思う。