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怒り

ボーイスカウトは旗の掲揚、降納を覚える時に国旗は国を象徴する物なので地面につけたり乱雑に扱ったりしてはいけないと教えられる、そうして国家に対するマナーを学ぶ。
その知識を持って韓国や中国で行われている日本の国旗に対する扱いを見ると怒りを覚えるのは当然のことだ。
ところが多くのそうした知識の無い人から見ると単なるヒステリックな行動として冷ややかな気持ちになる程度かもしれない。
どちらがいいのだろうか、あるいはマナーはマナーとして知った上で挑発に乗らない冷静さが理想かもしれない。
ここではその世界的スタンダードを知って感ずる怒りについて考えたい。
その怒りは韓国や中国でそうした行動をしている人は、本来国旗は地に付けても礼に反する物と知った上で踏み付けにしていると"想像"し、その心中に対して怒りを覚えるのだと思われる。
日常の多くの怒りも実は相手の自分に対する認識を"思い描いて"起きていることが多い。
しかし、実際は人の心のうちを見ることは出来ない、見ているのは自分自信の中に起きた想像にしか過ぎないのだ、そのことの真偽はともかく。
繰り返すが真偽は見ることが出来ないひとの心のうち、見ているのは自分自信が作った相手の心にしか過ぎない。
怒りの対象はその人なりの人生を持った生きている人格であって、そのことを思い出せば自分が思い描く相手の心理は誤解だとわかることが多々あるのだ。
ただし、そうしてもなお理不尽なこともある、そのばあいは大いに怒っていいのだ、他国の国旗を足げにする事のように。
その先の冷静な判断はまた別の事だ。