怒り

考えたら自分は小学生の頃から結構屈折していて、親兄弟に軽い殺意をいだくほど怒ることが時々あった。
さすがにまずいと思い、この押さえ切れない感情は何なのかと考えたことがある。痛みを感じるとダイレクトに怒りに成るとか空腹時には腹が立ちやすいとか気がついても、それは押さえる手段にしかならない。
数年してボディランゲージに関する本にその答えのヒントを見つけた。チンパンジーの表情を分析すると恐怖―威嚇―怒り―笑いに共通する要素があるという。
そう、怒りは恐怖から来ている。怒りを、特に衝動的な怒りを生理反応として捉えるなら、危機に直面した生物がノルアドレナリンなどの脳内物質により一時的に身体能力を高める反応だと言える。
ところが現在のヒトにとってそれほど頻繁に危機=恐怖に直面することはないはずである。つまり習慣的に培って来た恐怖(心的外傷)や漠然とした恐れ(ストレス)がいわれの無い怒りを生むのだ。
また人は親子関係や組織対個人、個人対個人の管理・依存関係にも生存のもしくは存在の危機を直感的に感じ取っている。
そこから脱するには依存からの脱却と信頼関係が不可欠なのだろう。